一眼レフとの関係

私は高校時代に写真部に入っていました 高校で一番初めにできた友達に誘われてなんとなく入部した部活だった たまたまわたしの家には一眼レフがなぜかあり自由に使うことができた その一眼レフは重たくて学校に持ってくるのは面倒で大嫌いだった バスで1時間ほどかけて登校していたことに加えてさほど大した熱量をかけていたわけでもない部活のために重たい荷物をもってくることが不服だった 部会や撮影会も参加しないことが多くて不真面目な部員だった 

でも自分が撮る写真は気に入っていました 気に入った場面を好きな風に切り取るわけだから技術が伴っていなくたって自分の写真は好きだった 

私は人を撮るのが苦手で静物ばかり撮っていた それも自然の風景とかではなくて人工物 無機質なものを撮るのが好きだった 物体の形態や配置 物体同士の位置関係 空間や余白のバランス といったものの関係性の美しさを写真であらわしたかった

高校の写真部なんてものは大抵が互いに制服姿の友達ばかり撮るものでわたしはそれが何より大嫌いだった でも写真の大会はそういった写真ばかりだったし大会で審査員受けするのは友人を写したポートレイトかお年寄りのポートレイトと決まっていた 私の写真がいい賞をとることは大してなかった だから自分が撮る写真は好きだったけど自信はなかったし自己満足で撮るくらいがいいのかなと思ってた 人に見せなくても良いじゃんって 構図や配置や色味がいいなと思うものを好きに撮りたかったしそういったものを好きに撮っていた 

大学生になってからわたしはカメラを一切触らなくなった さほど好きでもないカメラをわざわざ引っ張り出してくる理由など無かったし一眼レフで写真を撮ることから離れるのは容易だった

でもある時 ドイツのベッヒャー派のことを知ってから自分の撮りたい写真のスタイルについて自信が持てるようになった 人工物を 建造物を 客観的に写した写真を作品としてもいいんだって気付かされたというか自分は間違ってないんだって思わせてくれたというか なんだかとても安心した 自分が美しいと感じたらそれはもう美しいものだと自信を持っていいんだよねって当たり前かもしれないけど今まで自分の中に閉ざしていたものが肯定された気がしてとても気が軽くなった 写真をもっと撮ろうと思えるようになった

このことはわたしの人生でもかなり大きめのイベントだったなと昨年末に考え事をしていてふと感じたのでここに書き留めておきたい

今年はたくさん写真を撮りためて何が形に残したいなと思う

ただ、わたしはやはり一眼レフのことがあまり好きではないので 一眼レフを片手に街を散策するというのがどうも苦手であり そのせいで堂々と写真を撮りに出かけることがなかなかできないというのもついでに思い出しているところです

そんなわたしが頑張って写真を撮りためていこうと思うので何かしらの形にできた暁にはぜひお手にとってください