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削いで削いでそんで削いで

高校時代に阿呆ほどバンド音楽聴き漁っていたので今はもう当時ほどの熱量をかける気にはならない

今私が聴きたい音楽は大抵歌詞がないものだとかないに等しいものですね 歌詞いらなくない?究極いらないよな歌詞はさ 音楽の起源を考えた時に絶対歌詞なかったと思うしそれこそフィーリングを直球で表現していたと思うんです 民族音楽とか、クラシックも歌詞がない点でそうだと思うな

言語を使って音楽をやるのはある意味妥協では?と思う 言語はツールだし音楽も表現のツールというか手段なわけでそのために言語というツールを使うのは別に良いけど歌詞なしの方が高尚というか一手上のことをやってる気がする

あとくだらない内容の歌詞が多すぎるし いいな〜という歌詞ももちろんあるんだけどなんじゃこれと呆れる歌詞の方が断然多くあるんだよな これは今の流行りの曲の歌詞がくだらないと言っているわけではなくて昔の曲でもなんじゃこれ系の歌詞はわんさかあると思うよ

んで、歌詞に頼らない曲づくりをしてる人はまじのプロだと思う プロというか並々ならぬセンスの持ち主なんだなと思うよ

あと歌詞にもタイプがあって 具体的に述べすぎるタイプ、抽象的なタイプ、その抽象的なタイプのなかでも抽象的だけどうまい歌詞のタイプと、わけわからない歌詞のタイプと、歌詞も一種の音として組み込まれているタイプがあると思う どれがいいとは言わないけど私は音として歌詞を組み込むタイプ いいと思う これは完全にセンスだと思うな 

そんな感じです とりあえず今は民族音楽に興味津々です