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表現

今日 黒澤明の『羅生門』を見ました 「題名は「羅生門」だけど内容は芥川の『藪の中』」っていう知識は前提としてあって どうしてそんなややこしい事をするんだろうとずっと思ってました でも私は芥川作品の中で『藪の中』が一番好きなので今回借りて見てみた 感想を書くのが馬鹿馬鹿しいくらいに凄かったです 阿呆みたいな事しか書けないけど本当に凄かった 凄い 黒澤明の凄さがわかったけど形容するの難しい 「タイトルは「羅生門」だけど中身は『藪の中』」だなんて単純なまとめ方はできない

まず小説『藪の中』について 『藪の中』は 盗賊の多襄丸・侍・侍の妻が登場して侍が藪の中で死んだときのことをそれぞれが異なる証言をする(侍は霊として巫女を通じて証言する)というもの  おかしいのは三人が皆自分が侍を殺したと証言すること 侍に関しては自害です 結局は誰が犯人なのかわからずじまいなのだけど 殺された当人が言うことが正しいんだろうなと私は解釈していて  生きている人間は卑しいもので自分の都合のいい証言をしてしまうしそれぞれのやましい事を消し去るために自分が侍に手をかけた事にして罪を負おうとしているんだなと

映画『羅生門』ではちゃんと羅生門も出てくる 普通に考えたら当たり前ですが ちゃんと出てくる 映画の始めと最後に羅生門のシーンが出てくるのだけど それが本当に上手い 小説『羅生門』の内容も組み込みながら人間の卑しさが表されてるんだなと思いました 追い剥ぎも出てきます 老婆は出てこないけど 原作をここまで上手く扱うのが黒澤明なんだなって思いました

あと作中の羅生門は荒れ果てて朽ちているんですがその迫力が凄い 技術力 藪の中を人物が走り抜けていくときのカメラワークも凄いし 藪の中を走る時間が長すぎやしないかと思ったけどそれだけ生い茂った深い場所で起こった出来事だって事なんだろうなと思った これを終戦から五年で作るのも凄い 凄いしか言えない 

あと役者さんの顔立ち整いすぎでした 侍役の森雅之が格好よすぎ 三船敏郎もだけど森雅之目と眉近すぎ 森雅之 有島武郎の息子だなんてやばい 実の父が心中して亡くなるとか刺激強すぎ 

ここまで感想(?)を書いておいてアレなんだけど この映画を見て 気づきというか前々から思っていることに確信が持てたな〜っていうのがあって それは純文学においては読後の感想なんて表現しようがないだろうなってこと 純文学を読んで得た感情って作家が表現したかった心情だと思うんです嬉しい悲しいとか単純な言葉で表現できない感情を小説を通して表現してるんだなと思ってて だから純文学に関してだけど小説を読んだ感想なんて言葉で表現できるものではないよなと思います 言葉で表現できる気持ちだったら小説にする意味ない それを黒澤明は小説を上手く組み合わせてより複雑な構造でより複雑なことを表現していて 彼が評価される所以がわかった気がします