好きが溢れてどうしよう

先週 藤田嗣治の展示へ行ってきました。

それほど彼について知識はあった訳ではなかったけど、名画の裏話を集めた本で、彼の乳白色の下地について読んだことがあったり、彼の独特のビジュアルは好みだったり、彼の半生を描いた映画にも興味があったり、あとフリマで彼のエッセイ本をなんとなく購入していたり、そんな私は展示に何としても行きたくって、それで行ったのだけど、ついには本当に藤田嗣治のことが大好きになってしまった。

f:id:o0tmtmtm0o:20170815012127j:image

①育ちがいい:軍医の家系 

②とてもモテる:5度の結婚 最初の妻と最後の妻が日本人だったこと

③美意識が高い:最初の妻へパリから送った女性ファッション誌に「これは駄目」「巴里にはこういう女ばかり」「これは良い」などと女性のファッションについて批評する書き込みをする

④意識が高い:当時パリへ渡った日本人画家達は西洋画の技術を持ち帰り日本での地位を築くことを目的としていたのに対して藤田は、パリで画家として認めてもらいパリでの地位を築かなければパリへ来た意味がないと思っていた

以上の点で私は藤田嗣治のことが本当に本当に大好きになってしまった。

彼の交友関係も良くて、特にモディリアーニとの交流には興奮します。モディリアーニ、良いよね。あの独特の目の描き方、あえて瞳を描かない。ミロのヴィーナスの腕を思い出します。自分の理想の腕(瞳)を鑑賞者が自ら思い描き、それが最上の美であるという話がありましたが、私も本当にそう思います。モディリアーニがそういう意図だったかは、知らない。

f:id:o0tmtmtm0o:20170815012310j:image

彼は肺結核を患いながらも夜な夜な飲み歩き、飲み屋でサッと描いた絵を代金の代わりに置いて行ったといいます。そんなモディリアーニの妻は、モディリアーニが亡くなるとその数日後に身重の身を投じて命を絶ちました。私はこの悲しい話が好き、だってあんまりにも悲しくて、情熱的だと思うからです。病気のせいで思うような創作活動もできない画家と、彼をひたすらに愛した妻、幼い子を残して、お腹の子もいるのに、身を投げてしまう妻、こんなに情熱的に生きる人たち、そんな人たちが暮らした街、時代、私とはあまりにも遠く思えてしまって、少し憧れてしまう。

そのモディリアーニが描いた藤田の肖像画、展示してあったのだけど、私が見に行くのが遅かったので展示が入れ替えられていました。泣いたね。つらいです。こんなにモディリアーニについて語ったのに。

でもそんなドラマティックな画家との交流をもった日本人画家がいて、パリでも認められていて、そんな画家の絵を、本物の絵を、今見ることができるなんて本当に素敵なことだと思ったらどきどきが止まらなくて、美術って素晴らしいなと改めて思うことができた展示でした。

他にも藤田嗣治の素晴らしいところはあって、例えば本当に絵が上手いこと。画家ってやっぱり基礎はすごくて、写実的に描く技術を身につけた上で自分のスタイルを確立している訳で、藤田もそうなんですよね。藤田といえば、女と猫ですが、その猫が本当に良い。毛並み、足先の指の膨らみ、目つき、本当に上手くて、見ていて声が漏れました。好き!

f:id:o0tmtmtm0o:20170815012146j:image

(私が一番好きなのはこの絵、「私の夢」)

油彩なのに水彩みたいに描くところ。墨汁を用いるところ。色のせいなのか塗り方なのか、絵が陶器みたいなところ。日本画特有の輪郭線と西洋画の油彩を融合して自分の描き方を確立したところ。独自の乳白色の作り方を誰にも漏らさなかったこと。パートナーが変わるたびに画風が変わるところ。好きが溢れてどうしよう。

とりあえずは赤坂離宮の迎賓館で藤田嗣治の天井画を見に行こうか。

 

削いで削いでそんで削いで

高校時代に阿呆ほどバンド音楽聴き漁っていたので今はもう当時ほどの熱量をかける気にはならない

今私が聴きたい音楽は大抵歌詞がないものだとかないに等しいものですね 歌詞いらなくない?究極いらないよな歌詞はさ 音楽の起源を考えた時に絶対歌詞なかったと思うしそれこそフィーリングを直球で表現していたと思うんです 民族音楽とか、クラシックも歌詞がない点でそうだと思うな

言語を使って音楽をやるのはある意味妥協では?と思う 言語はツールだし音楽も表現のツールというか手段なわけでそのために言語というツールを使うのは別に良いけど歌詞なしの方が高尚というか一手上のことをやってる気がする

あとくだらない内容の歌詞が多すぎるし いいな〜という歌詞ももちろんあるんだけどなんじゃこれと呆れる歌詞の方が断然多くあるんだよな これは今の流行りの曲の歌詞がくだらないと言っているわけではなくて昔の曲でもなんじゃこれ系の歌詞はわんさかあると思うよ

んで、歌詞に頼らない曲づくりをしてる人はまじのプロだと思う プロというか並々ならぬセンスの持ち主なんだなと思うよ

あと歌詞にもタイプがあって 具体的に述べすぎるタイプ、抽象的なタイプ、その抽象的なタイプのなかでも抽象的だけどうまい歌詞のタイプと、わけわからない歌詞のタイプと、歌詞も一種の音として組み込まれているタイプがあると思う どれがいいとは言わないけど私は音として歌詞を組み込むタイプ いいと思う これは完全にセンスだと思うな 

そんな感じです とりあえず今は民族音楽に興味津々です

文化が今アツい

最近わたしの頭の中を占拠しているのは「「「文化やばい」」」という認識なんですが 先日友人にそのことを話したらいまいちピンときてなかったようで 自分の思考を言語化して伝達することってすごく高度なことだなと改めて思った そしてこれも文化に関連するなと思いました

わたしがいう「文化」というものは定義付けが難しいんだけどざっくり言うと「人間の文明に沿って生まれてきたあらゆるフィールドを包括的にメタ的に総称したもの」という感じです (メタの使い方合ってるのか?)

文化!というと芸術!文学!みたいなイメージが強いと思うんですが 平たく言って人間が開拓してきたものはみんな文化だと思う 例えば、絵画で言えば色んな宗派とか技法とかテーマとかが年代に沿って生まれ存在してきていて それは人間が表現したい作り出したい理想を実現するために頑張ってした結果の産物です それと同様に、例えば歯ブラシなんですけど(?)、歯ブラシの持ち手とかラバー部分があったり長さとかヘッドの大きさ形とかブラシ部分の形状とか硬さとかいろんな工夫がされていてその裏には色んな試行錯誤があったはずだし人間が頑張って開発したものですよね、文化だと思います めっちゃわかりづらいと思うけど タモリ倶楽部とかマツコの知らない世界で取り上げられるようなものって文化じゃないかな〜〜文化だと思うな〜〜

人間が作ってきたものの背景には大抵何かしらストーリーがあって 簡単に物事が進んできたわけじゃなくて、そういうバックグラウンドをもったものは文化と言えると思うんだけど、「文化」という言葉を改めて見ると 文(文字?)に化けるって書くじゃないですか、それって合ってるし合ってないとも思う 文字が生まれる以前に人間が作り上げたものの中でも文化と呼べるものはあると思うし とにかく人間が自然には存在し得ないものを構築したらもうそれ文化だから、文化だよそれ、文化だぜ

あと誰がみても文化だなと思えるものの中で言語があると思うんですけど 言語やばくないですか?違う国や地域に住んでいる民族でも同じ概念は存在するのやばくないですか?違う言語間でもちゃんと変換できるのやばいな〜それに翻訳を一番最初にした人めっちゃ大変だったよねスゴイな〜とか思ってます最近 

文化やばい!!文化!!!

表現

今日 黒澤明の『羅生門』を見ました 「題名は「羅生門」だけど内容は芥川の『藪の中』」っていう知識は前提としてあって どうしてそんなややこしい事をするんだろうとずっと思ってました でも私は芥川作品の中で『藪の中』が一番好きなので今回借りて見てみた 感想を書くのが馬鹿馬鹿しいくらいに凄かったです 阿呆みたいな事しか書けないけど本当に凄かった 凄い 黒澤明の凄さがわかったけど形容するの難しい 「タイトルは「羅生門」だけど中身は『藪の中』」だなんて単純なまとめ方はできない

まず小説『藪の中』について 『藪の中』は 盗賊の多襄丸・侍・侍の妻が登場して侍が藪の中で死んだときのことをそれぞれが異なる証言をする(侍は霊として巫女を通じて証言する)というもの  おかしいのは三人が皆自分が侍を殺したと証言すること 侍に関しては自害です 結局は誰が犯人なのかわからずじまいなのだけど 殺された当人が言うことが正しいんだろうなと私は解釈していて  生きている人間は卑しいもので自分の都合のいい証言をしてしまうしそれぞれのやましい事を消し去るために自分が侍に手をかけた事にして罪を負おうとしているんだなと

映画『羅生門』ではちゃんと羅生門も出てくる 普通に考えたら当たり前ですが ちゃんと出てくる 映画の始めと最後に羅生門のシーンが出てくるのだけど それが本当に上手い 小説『羅生門』の内容も組み込みながら人間の卑しさが表されてるんだなと思いました 追い剥ぎも出てきます 老婆は出てこないけど 原作をここまで上手く扱うのが黒澤明なんだなって思いました

あと作中の羅生門は荒れ果てて朽ちているんですがその迫力が凄い 技術力 藪の中を人物が走り抜けていくときのカメラワークも凄いし 藪の中を走る時間が長すぎやしないかと思ったけどそれだけ生い茂った深い場所で起こった出来事だって事なんだろうなと思った これを終戦から五年で作るのも凄い 凄いしか言えない 

あと役者さんの顔立ち整いすぎでした 侍役の森雅之が格好よすぎ 三船敏郎もだけど森雅之目と眉近すぎ 森雅之 有島武郎の息子だなんてやばい 実の父が心中して亡くなるとか刺激強すぎ 

ここまで感想(?)を書いておいてアレなんだけど この映画を見て 気づきというか前々から思っていることに確信が持てたな〜っていうのがあって それは純文学においては読後の感想なんて表現しようがないだろうなってこと 純文学を読んで得た感情って作家が表現したかった心情だと思うんです嬉しい悲しいとか単純な言葉で表現できない感情を小説を通して表現してるんだなと思ってて だから純文学に関してだけど小説を読んだ感想なんて言葉で表現できるものではないよなと思います 言葉で表現できる気持ちだったら小説にする意味ない それを黒澤明は小説を上手く組み合わせてより複雑な構造でより複雑なことを表現していて 彼が評価される所以がわかった気がします

わたしと本と不可抗力

わたしがよく行く古本屋は玉ねぎの匂いがする、と思っていたけど今日気づいた あれは玉ねぎの匂いじゃあないな 高校生物の実験の時間でやる、玉ねぎを酢酸カーミンで染色する時の匂いだ 酢酸の匂い 酸っぱいんだ そうかー

わたしは本が好きというか本を選ぶのが好き 読んでいない本は本棚に割とある これってダメなのでは?でも読んでいない本を所有しているということで精神は豊かになるらしいから大丈夫じゃない?精神が健康ならいいじゃない?

そんなわけでわたしは本を選び続け、本棚に並べ続け、ある程度読まないまま次の本を手にし続ける

本屋さんに行くとき わたしは必ずトイレへ行きたくなる インクです インクの匂いは不可抗力 新しい本でも古本でも駄目 トイレへ行きたくなる アルバイトは本当は本屋さんでやりたかったけどトイレばかり行きたくなってたら仕事どころじゃないので諦めた 

今日も古本屋へ立ち寄ったけど目当ての棚に辿り着く前にトイレへ行きたくなってしまって例によらず退散してきたのでした 早くお家に帰ってレポート書こうね

生協のレンジの使い方がわからないので冷たいままの食べ物を食べる 炭水化物は冷たい方が太りにくいっていうしこれもこれでいいんじゃないか

今はテスト期間なのだけどやることが多くて何をしたらいいかわからなくて何もしていない よくあるやつですね 大学一年生なんて教養科目しかなくて本腰入れるような試験もさほど無いのでまあいいか 

たかが教養されど教養 教養というからには自分が専門的に持っているべき知識の他にも見識を深めようということじゃないですか?

実際わたしは理系だけど人文系の科目ばかり履修していて講義室に学科の人いない 友達いない ひとりです うける 

文学系の授業で話が脱線し印象派や超現実主義の解釈だとか宗教についてとかの話をたくさん聞けて得るものは多くて楽しいけどもう一年生も終わるしキャンパスも変わるし実習が増えて放課の時間が不確定になりバイトも入れづらくなるんだ そして未だに生協のレンジの使い方がわかりません やきそば冷たい 黒ごま豆乳は美味しい 雪は冷たいし冬は長いしわたしは夏より冬が好き

ビートルズ凄いところありすぎて途中で書くの面倒になってきて笑う

ビートルズについて話します

私は高校生の時に聴き始めるのだけど 初めは全然ハマらなかった 赤盤と青盤から聴き始めたから

f:id:o0tmtmtm0o:20170113170925j:image

ビートルズを聴き始めるのにベスト盤は向いてないというかビートルズの良さとか凄さはわからないんだよな

 

ビートルズの楽曲は年代やアルバムごとにどんどん雰囲気が変わっていく

ビートルズはデビュー当時アイドル的存在として売り出されていて マネージャーのブライアン・エプスタインが亡くなるまでそれは続きます

 

簡単に言えば

前半期 ロックンロールやリズムアンドブルースの流れを汲んだ楽曲

(中期 サイケ色の強い楽曲)

後半期 メンバーそれぞれがやりたいことをやり始める アーティスト性が出てくる

 

(デビューアルバムから順に聴いていくのがいいと思います それから自分の好きなアルバムが出てくると思う)

 

ラバーソウルあたりから自分たちのやりたいことを取り入れはじめ

f:id:o0tmtmtm0o:20170113171408j:image

リボルバーから系統が変わりはじめているのがわかる

f:id:o0tmtmtm0o:20170113171410j:image

メンバーそれぞれにも転機があってやりたいこともどんどん変わってくる そのことはホワイトアルバムが特にわかりやすいと思う 二枚組でしかも曲の系統はバラバラになっていて統一感はなし ジャケットもホワイトアルバムと言われるだけあって The Beatlesとエンボス加工されただけのシンプルなデザイン

f:id:o0tmtmtm0o:20170113173858j:image

当時のバンドがサイケ色の強い派手なジャケットで作品をリリースしていただけあってかなり目立つだろうし 周りとは違うことを早い段階でやるこういったところがビートルズのすごさであって革新的だったんだと思う

具体的には

例えばジョンはオノ・ヨーコと出会ってから前衛的で実験的な音作りをするようになる Revolution なんかは特にそう テープを逆再生するなんてことをしている 歌詞も難解なものを書くようになった come togetherなんて意味わかんないです歌詞 言葉遊びみたいな歌詞もあって楽しい ヨーコ=洋子=ocean childとかね これはjuliaの歌詞でjuliaというのはジョンのお母さんの名前なんですけど

 

(ビートルズすごいところありすぎて書くの面倒になってきましたが)とりあえずビートルズの作風の変遷はこういった感じだと解釈してます

 

 

あとねえ

デビューアルバムのplease please me のAnna(Go to him)

f:id:o0tmtmtm0o:20170113174000j:image

ジョンがボーカルのこの曲なんですけど

このアルバム全曲のレコーディングを急ピッチで行ったためにジョンは喉を痛めてしまっていて そのままこの曲をレコーディングしているんです  でもそのしわがれ具合がまたいいので聴いてみてくれ!!!!!!!!!

こういう裏話?が死ぬほどあるのもまた良さだなあと思う

とにかくビートルズがすきです