削いで削いでそんで削いで

高校時代に阿呆ほどバンド音楽聴き漁っていたので今はもう当時ほどの熱量をかける気にはならない

今私が聴きたい音楽は大抵歌詞がないものだとかないに等しいものですね 歌詞いらなくない?究極いらないよな歌詞はさ 音楽の起源を考えた時に絶対歌詞なかったと思うしそれこそフィーリングを直球で表現していたと思うんです 民族音楽とか、クラシックも歌詞がない点でそうだと思うな

言語を使って音楽をやるのはある意味妥協では?と思う 言語はツールだし音楽も表現のツールというか手段なわけでそのために言語というツールを使うのは別に良いけど歌詞なしの方が高尚というか一手上のことをやってる気がする

あとくだらない内容の歌詞が多すぎるし いいな〜という歌詞ももちろんあるんだけどなんじゃこれと呆れる歌詞の方が断然多くあるんだよな これは今の流行りの曲の歌詞がくだらないと言っているわけではなくて昔の曲でもなんじゃこれ系の歌詞はわんさかあると思うよ

んで、歌詞に頼らない曲づくりをしてる人はまじのプロだと思う プロというか並々ならぬセンスの持ち主なんだなと思うよ

あと歌詞にもタイプがあって 具体的に述べすぎるタイプ、抽象的なタイプ、その抽象的なタイプのなかでも抽象的だけどうまい歌詞のタイプと、わけわからない歌詞のタイプと、歌詞も一種の音として組み込まれているタイプがあると思う どれがいいとは言わないけど私は音として歌詞を組み込むタイプ いいと思う これは完全にセンスだと思うな 

そんな感じです とりあえず今は民族音楽に興味津々です

文化が今アツい

最近わたしの頭の中を占拠しているのは「「「文化やばい」」」という認識なんですが 先日友人にそのことを話したらいまいちピンときてなかったようで 自分の思考を言語化して伝達することってすごく高度なことだなと改めて思った そしてこれも文化に関連するなと思いました

わたしがいう「文化」というものは定義付けが難しいんだけどざっくり言うと「人間の文明に沿って生まれてきたあらゆるフィールドを包括的にメタ的に総称したもの」という感じです (メタの使い方合ってるのか?)

文化!というと芸術!文学!みたいなイメージが強いと思うんですが 平たく言って人間が開拓してきたものはみんな文化だと思う 例えば、絵画で言えば色んな宗派とか技法とかテーマとかが年代に沿って生まれ存在してきていて それは人間が表現したい作り出したい理想を実現するために頑張ってした結果の産物です それと同様に、例えば歯ブラシなんですけど(?)、歯ブラシの持ち手とかラバー部分があったり長さとかヘッドの大きさ形とかブラシ部分の形状とか硬さとかいろんな工夫がされていてその裏には色んな試行錯誤があったはずだし人間が頑張って開発したものですよね、文化だと思います めっちゃわかりづらいと思うけど タモリ倶楽部とかマツコの知らない世界で取り上げられるようなものって文化じゃないかな〜〜文化だと思うな〜〜

人間が作ってきたものの背景には大抵何かしらストーリーがあって 簡単に物事が進んできたわけじゃなくて、そういうバックグラウンドをもったものは文化と言えると思うんだけど、「文化」という言葉を改めて見ると 文(文字?)に化けるって書くじゃないですか、それって合ってるし合ってないとも思う 文字が生まれる以前に人間が作り上げたものの中でも文化と呼べるものはあると思うし とにかく人間が自然には存在し得ないものを構築したらもうそれ文化だから、文化だよそれ、文化だぜ

あと誰がみても文化だなと思えるものの中で言語があると思うんですけど 言語やばくないですか?違う国や地域に住んでいる民族でも同じ概念は存在するのやばくないですか?違う言語間でもちゃんと変換できるのやばいな〜それに翻訳を一番最初にした人めっちゃ大変だったよねスゴイな〜とか思ってます最近 

文化やばい!!文化!!!

表現

今日 黒澤明の『羅生門』を見ました 「題名は「羅生門」だけど内容は芥川の『藪の中』」っていう知識は前提としてあって どうしてそんなややこしい事をするんだろうとずっと思ってました でも私は芥川作品の中で『藪の中』が一番好きなので今回借りて見てみた 感想を書くのが馬鹿馬鹿しいくらいに凄かったです 阿呆みたいな事しか書けないけど本当に凄かった 凄い 黒澤明の凄さがわかったけど形容するの難しい 「タイトルは「羅生門」だけど中身は『藪の中』」だなんて単純なまとめ方はできない

まず小説『藪の中』について 『藪の中』は 盗賊の多襄丸・侍・侍の妻が登場して侍が藪の中で死んだときのことをそれぞれが異なる証言をする(侍は霊として巫女を通じて証言する)というもの  おかしいのは三人が皆自分が侍を殺したと証言すること 侍に関しては自害です 結局は誰が犯人なのかわからずじまいなのだけど 殺された当人が言うことが正しいんだろうなと私は解釈していて  生きている人間は卑しいもので自分の都合のいい証言をしてしまうしそれぞれのやましい事を消し去るために自分が侍に手をかけた事にして罪を負おうとしているんだなと

映画『羅生門』ではちゃんと羅生門も出てくる 普通に考えたら当たり前ですが ちゃんと出てくる 映画の始めと最後に羅生門のシーンが出てくるのだけど それが本当に上手い 小説『羅生門』の内容も組み込みながら人間の卑しさが表されてるんだなと思いました 追い剥ぎも出てきます 老婆は出てこないけど 原作をここまで上手く扱うのが黒澤明なんだなって思いました

あと作中の羅生門は荒れ果てて朽ちているんですがその迫力が凄い 技術力 藪の中を人物が走り抜けていくときのカメラワークも凄いし 藪の中を走る時間が長すぎやしないかと思ったけどそれだけ生い茂った深い場所で起こった出来事だって事なんだろうなと思った これを終戦から五年で作るのも凄い 凄いしか言えない 

あと役者さんの顔立ち整いすぎでした 侍役の森雅之が格好よすぎ 三船敏郎もだけど森雅之目と眉近すぎ 森雅之 有島武郎の息子だなんてやばい 実の父が心中して亡くなるとか刺激強すぎ 

ここまで感想(?)を書いておいてアレなんだけど この映画を見て 気づきというか前々から思っていることに確信が持てたな〜っていうのがあって それは純文学においては読後の感想なんて表現しようがないだろうなってこと 純文学を読んで得た感情って作家が表現したかった心情だと思うんです嬉しい悲しいとか単純な言葉で表現できない感情を小説を通して表現してるんだなと思ってて だから純文学に関してだけど小説を読んだ感想なんて言葉で表現できるものではないよなと思います 言葉で表現できる気持ちだったら小説にする意味ない それを黒澤明は小説を上手く組み合わせてより複雑な構造でより複雑なことを表現していて 彼が評価される所以がわかった気がします

わたしと本と不可抗力

わたしがよく行く古本屋は玉ねぎの匂いがする、と思っていたけど今日気づいた あれは玉ねぎの匂いじゃあないな 高校生物の実験の時間でやる、玉ねぎを酢酸カーミンで染色する時の匂いだ 酢酸の匂い 酸っぱいんだ そうかー

わたしは本が好きというか本を選ぶのが好き 読んでいない本は本棚に割とある これってダメなのでは?でも読んでいない本を所有しているということで精神は豊かになるらしいから大丈夫じゃない?精神が健康ならいいじゃない?

そんなわけでわたしは本を選び続け、本棚に並べ続け、ある程度読まないまま次の本を手にし続ける

本屋さんに行くとき わたしは必ずトイレへ行きたくなる インクです インクの匂いは不可抗力 新しい本でも古本でも駄目 トイレへ行きたくなる アルバイトは本当は本屋さんでやりたかったけどトイレばかり行きたくなってたら仕事どころじゃないので諦めた 

今日も古本屋へ立ち寄ったけど目当ての棚に辿り着く前にトイレへ行きたくなってしまって例によらず退散してきたのでした 早くお家に帰ってレポート書こうね

生協のレンジの使い方がわからないので冷たいままの食べ物を食べる 炭水化物は冷たい方が太りにくいっていうしこれもこれでいいんじゃないか

今はテスト期間なのだけどやることが多くて何をしたらいいかわからなくて何もしていない よくあるやつですね 大学一年生なんて教養科目しかなくて本腰入れるような試験もさほど無いのでまあいいか 

たかが教養されど教養 教養というからには自分が専門的に持っているべき知識の他にも見識を深めようということじゃないですか?

実際わたしは理系だけど人文系の科目ばかり履修していて講義室に学科の人いない 友達いない ひとりです うける 

文学系の授業で話が脱線し印象派や超現実主義の解釈だとか宗教についてとかの話をたくさん聞けて得るものは多くて楽しいけどもう一年生も終わるしキャンパスも変わるし実習が増えて放課の時間が不確定になりバイトも入れづらくなるんだ そして未だに生協のレンジの使い方がわかりません やきそば冷たい 黒ごま豆乳は美味しい 雪は冷たいし冬は長いしわたしは夏より冬が好き

ビートルズ凄いところありすぎて途中で書くの面倒になってきて笑う

ビートルズについて話します

私は高校生の時に聴き始めるのだけど 初めは全然ハマらなかった 赤盤と青盤から聴き始めたから

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ビートルズを聴き始めるのにベスト盤は向いてないというかビートルズの良さとか凄さはわからないんだよな

 

ビートルズの楽曲は年代やアルバムごとにどんどん雰囲気が変わっていく

ビートルズはデビュー当時アイドル的存在として売り出されていて マネージャーのブライアン・エプスタインが亡くなるまでそれは続きます

 

簡単に言えば

前半期 ロックンロールやリズムアンドブルースの流れを汲んだ楽曲

(中期 サイケ色の強い楽曲)

後半期 メンバーそれぞれがやりたいことをやり始める アーティスト性が出てくる

 

(デビューアルバムから順に聴いていくのがいいと思います それから自分の好きなアルバムが出てくると思う)

 

ラバーソウルあたりから自分たちのやりたいことを取り入れはじめ

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リボルバーから系統が変わりはじめているのがわかる

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メンバーそれぞれにも転機があってやりたいこともどんどん変わってくる そのことはホワイトアルバムが特にわかりやすいと思う 二枚組でしかも曲の系統はバラバラになっていて統一感はなし ジャケットもホワイトアルバムと言われるだけあって The Beatlesとエンボス加工されただけのシンプルなデザイン

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当時のバンドがサイケ色の強い派手なジャケットで作品をリリースしていただけあってかなり目立つだろうし 周りとは違うことを早い段階でやるこういったところがビートルズのすごさであって革新的だったんだと思う

具体的には

例えばジョンはオノ・ヨーコと出会ってから前衛的で実験的な音作りをするようになる Revolution なんかは特にそう テープを逆再生するなんてことをしている 歌詞も難解なものを書くようになった come togetherなんて意味わかんないです歌詞 言葉遊びみたいな歌詞もあって楽しい ヨーコ=洋子=ocean childとかね これはjuliaの歌詞でjuliaというのはジョンのお母さんの名前なんですけど

 

(ビートルズすごいところありすぎて書くの面倒になってきましたが)とりあえずビートルズの作風の変遷はこういった感じだと解釈してます

 

 

あとねえ

デビューアルバムのplease please me のAnna(Go to him)

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ジョンがボーカルのこの曲なんですけど

このアルバム全曲のレコーディングを急ピッチで行ったためにジョンは喉を痛めてしまっていて そのままこの曲をレコーディングしているんです  でもそのしわがれ具合がまたいいので聴いてみてくれ!!!!!!!!!

こういう裏話?が死ぬほどあるのもまた良さだなあと思う

とにかくビートルズがすきです

 

 

 

 

存在している時代が一致しているということ

向田邦子さんについて話します

私は小学生のころ公文式に通っていて 算数と国語を習っていたのですが その国語のプリントを通して向田邦子の随筆を初めて読みました 少なくともそう記憶しています

向田さんってなんて素敵な体験をしているんだろう なんて素敵な文章で体験談を綴るんだろう

とずっと気になっていて記憶の片隅にずっとありました

そしていつかの夏休みに少し遠くの本屋さんで父から 「父の詫び状」を買って貰った 浅田次郎の「地下鉄に乗って」と一緒に

 

でも公文式のプリントで読んだ文章が向田さんのものだったのかは正直怪しい

というかたぶん思い違いだったと思う

歳をとった父がエレベーターに初めて乗り 娘がエレベーターのボタンを押して操作するのを物珍しそうに見ていて お前エレベーター動かせるのか と目を丸くして見ていて  娘としては可笑しいのと 父が年老いてしまったというどことない切なさを感じる

というお話

たぶん向田さんのお話ではないように思います

向田さんのエレベーターのお話と言えば『お辞儀』だった

私がプリントで読んだお話は誰のものなのだろうと気になりつつもここでは向田さんのお話をします

 

 

私は向田さんが大好きです 彼女の随筆は文庫版になっているものは全て持っていると思います それでも図書館でハードカバーの全集を眺めるとまだ目にしたことがないお話もちらほらありますが…

向田さんはもともと映画のコラムの書き手さんでしたがラジオドラマやテレビドラマの脚本を書くようになります 有名なのは寺内貫太郎一家 だとか 阿修羅のごとく だとか

エッセイも多く書いていて 小説も書いていて直木賞も授賞されています ( 私が好きなのは 『かわうそ』です かわうその残酷な習性とおんなの本質の対比が上手くて読んでいて本当にぞっとする )

彼女の文才はもちろん食いしん坊なところも彼女の魅力のひとつです 全国各地からいろんなものを取り寄せ 自身も料理上手 美味しいものについてのメモを貯める引き出しも書斎にあったほど  

小料理屋の女将にいつかなりたいなんてエッセイにも書いています

お料理も食べることもすきで食器にも凝る

気に入ったものしか身につけないタチで

どんなに寒くても気に入るものが見つからない限り手袋はしないなんて話は有名です

洋裁が得意

でも片付けは苦手 

締め切りはギリギリというより遅れがち

悪筆

そそっかしい

仲良しは黒柳徹子さん!

 

どんなに彼女の魅力を書き立てても伝え尽くすことはできない

こんなに素敵で魅力的で愛嬌があって周りから愛される人がいるのだろうか いていいのかしら

そんな彼女が乗っていた飛行機は台湾上空で1981年8月22日 散ることになります

 

こんなに素敵な人でもいつかは死んでしまうし 不慮の事故はどうにもならないものだなと思う

何より悲しく感じるのは彼女と私は同じ時代に存在していなかったこと こういうことよく考えます 同じ時代に存在していないってとっても悲しいし どうにもならないことだし とてつもなく切なくなる

 

なんてことをYouTubeトットてれびを見ながら考えていました 向田さんに一目でも会いたかった